大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和49年(う)89号 判決

本籍

宮城県名取市閑上字町一四六番地

住所

同県仙台市大梶一七番一号

会社役員

伊藤敬

昭和五年五月一〇日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和四九年四月一〇日仙台地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所はつぎのとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人勅使河原安夫、同菊地一民連名作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これをここに引用する。

論旨は、原判決が被告人に対し罰金二〇〇万円の刑を科するに止まらず、さらに二年間の執行猶予付ではあるが懲役四月の刑をも併科した点において、その量刑不当に重きに失するというにあるので、所論にかんがみ記録並びに当審における事実取調の結果を検討すると、被告人は昭和四六年九月頃仙台北税務署の所得調査により塩釜市内の稲井商店からの仕入分を帳簿に記載せず、右仕入分に応ずる所得を隠匿していることを発見され、これに対する所得税を納付するようにとの報告に従い同年一〇月一二日修正申告したが、右以外に存した簿外仕入分については依然として秘匿していたところ、その後原判示各事実のとおり本件各所得税逋脱の事実(但し原判示第二事実記載の逋脱税額に対応する実際の所得金額を挙げた現実の期間は昭和四六年一月一日から同年八月三一日までである。)が発覚し、仙台国税局より告発され、起訴を経て原判決に至ったものであり、さらに本件各犯行は被告人の取引先が遠隔地に散在し、その調査が困難であるのを利用し、その取引を帳簿に記載せず所得を隠匿したもので、本件発覚によりその取引先にかけた迷惑も大きく、所得税逋脱金額も所得のように軽微なものということはできず、被告人の刑事責任を問うに財産刑のみを以て足る事案とはいい得ず、その他所議指摘の被告人に有利な諸事情を十分斟酌しても、原判決程度の量刑はまことにやむを得ないところと認められ、その懲刑不当に重きに過ぎるということはできない。趣旨は理由がない。

よつて 刑事訴訟法三九六条に則り本件控訴を棄却することとし主文のとおり判決する。

検察官 及川直年 出席

(裁判長裁判官 太中茂 裁判官 清水次郎 裁判官 渡邊公雄)

控訴趣意書

被告人 伊藤敬

右の者に対する所得税法違反被告事件の控訴趣意は左記のとおりである。

昭和四九年六月二一日

右弁護人 勅使河原安太

(主任) 同 菊地一民

仙台高等裁判所第二刑事部 御中

原判決の刑の量定は著しく不当である。

原判決は、被告人に対し、懲役と罰金を併科するのを相当と認め、「懲役四月及び罰金二〇〇万円に処し、二年間右懲役刑の執行を猶予する旨言渡したのであるが、左記情状を考慮すれば、右刑の量定は著しく重きに失することは明白であるから、原判決破棄の上、被告人に対し罰金刑だけに処するのが相当と信ずる。

即ち、被告人の所為は、

(イ)昭和四五年分、金五五四万二、七〇〇円

(ロ)昭和四六年分、金三四七万八、八〇〇円

計金九〇二万一、五〇〇円の所得税を免れたと云うのであるが、被告人は、

一、その後、昭和四五年分及同四六年分の所得税につき修正申告をなし、免れた税額を全額納付の上、その延滞税も全額納付している。

これは、第二回公判期日における検察官の意見として検察官も認むるところであるが(第二回公判調書-手続)昭和四五年分の所得税の修正申告については、九〇九丁同四六年分の所得税修正申告については九一三丁にあり、之が修正申告に基く不足額の納付は、

(イ)、昭和四八年四月二七日付納付領収証書によれば、昭和四五年分として金五九四万五、五〇〇円(一二四一丁)

(ロ)、右同日付、納付領収証書によれば、昭和四六年分として金三六八万二、三〇〇円(一二四二丁)

更に右延滞税の納付は、

(ハ)、同年、五月一一日付納付領収証書によれば、昭和四五年分として金九二万二〇〇円(一二四三丁)

(ニ)、右同日付、納付領収証書によれば、昭和四六年分として金三〇万四〇〇円(一二四三丁)

によって、明かで、被告人は免れた所得税及び、之が延滞税につき全額納付した。

右の如く被告人の納付した所得税額金九六二万七、八〇〇円と、被告人か免れた所得税額の原判示金額金六〇万六、三〇〇円は、被告人に犯意がなかったことから、仙台国税局収税官吏から仙台地方検察庁に対し告発もなく、起訴されなかったことが認められるが(第二回公判調書-手続中検察官の意見、告発書)被告人は右の外、右同様告発をうけていない昭和四四年分所得について修正申告をなし、

(ホ)、その不足税金、三五八万六、四〇〇円を納付し(昭和四八年四月二七日付納付領収証書)

(ヘ)、昭和四四年分所得税 延滞税も納付して居り(同年五月一一日付納付領収証書)

従って、被告人は、昨年四月二七日には、昭和四四、四五、四六年の不足税額計金一、三二一万四、二〇〇円を、翌五月一一日には、右延滞税計金二〇三万六、七〇〇円、合計一、五二五万九〇〇円を納付し、右修正申告に伴い、市県民税の不足額も納付し(市民税、県民税、納税通知書兼領収書三通)税金は完納した。

二、従って、被告人の所得税を免れた所得税法違反行為は、計金九〇二万一、五〇〇円であるが、脱税額が一、五〇〇万円以下の場合通常国税局は告発していない。

原審証人、鈴木政利の供述によれば、同人は税務署に二一年四ケ月勤務し、昭和四四年五月から、税理士を開業しているが、同人の任職中一、五〇〇万円位までは告発される例を聞いていない。本件告発については、びっくりしている。告発は、ケースバイケースだが、被告人のように率直に認めているときは、告発されることがないと思っていた。被告人は

(イ)、税務署の調査の結果を率直に認め、更に之を免れる工作をしていない。従って又

(ロ)、夫々前記の如く修正申告をなし

(ハ)、不足税及び延滞税を完納

しているから、本来告発すべき事案ではなかったことが、認められる。本件公訴は本来すべきではない告発によって行われたものであるから、懲役と罰金の併科を相当と認めた原判決は重きに失することは明かである。

三、本件違反動機

被告人は、家族が多く、毎朝二時起床して働かねばならない身体が資本の職業で将来が、不安で将来の生活資金が欲しかった、(第二回公判調書-供述)(昭和四七年一〇月一七日付被告人に対する質問てん末書)

第二公判調書(手続)によれば検察官の意見は「被告人の業績からその要がなかった」旨主張しているが、検察官作成の冒頭陳述書によれば「将来の生活資金、不測の事故による出費等に備えた」旨記載され塩野検察官は認めるところである。第二回公判調書-供述によれば、被告人は、両親、妻、子供は男二人女一人の七人家族で、家族が多い。被告人は鮮魚商であるが、昭和三三年頃やっと、塩釜小売市場のマスの権利を三分の一程借用して「伊藤商店」の商号で魚の卸小売を始め、昭和三九年頃、塩釜中央鮮魚共同組合員となり、昭和四四年頃塩釜市卸市場内に店舗を開店したものでこれは、被告人の身体が重要な資本で、右経験のない他人を使用するだけでは営業の継続が極めて困難な業務であるから被告人に万一のことがあれば、たちまち店舗の閉鎖をみることは、火を見るより明かであるから、被告人が、将来のことを考えて本件違反をしたことは容易に認めることができる。而も被告人の長い鮮魚商において急激に売上げがのびてきたのは昭和四四、五年頃からと云うから、売上、上昇により利益の貯えが、可能になったことと併せ考慮すれば、本件違反の動機は更に明かである。

第二回公判期日において、検察官は、被告人の業績からいって将来に備える要がなかったと云うが、将来の生活に備えて貯えをする必要のない人がいるだろうか。唯被告人は魚の卸売と云う特殊の業務、午前二時から起床して働かねばならない身体が、資本の特殊の業務にあったことから売上の上昇とともに、本件違反に至ったものである。魚の卸小売は、魚を買入れて販売するものであるから、上昇する魚の買入資金を考えれば、業績が上ったからと云って、多額の資金をねせなければならないことを考慮すると、将来の生活に備える資金はおのづから低額にならざるを得ない。

被告人の本件違反の動機は全く将来の家族の生活資金を貯えたかったものである。

四、被告人が、計金九〇二万一、五〇〇円の納税義務を負担するに至ったのは、被告人が午前二時起床し、働いて収入があったからであって、被告人は働いて本件納税義務を負担するに至ったのであるから、それだけ国家に貢献したものである。

多額の納税者には、最近まで、貴族院議員の被選挙権が付与され、之が廃止されたのは、国の政治の平等の見地から発したものであって、多額の納税が、国家に対する貢献であることには変りがない。

労働をいとい、自己の享楽だけを追及する者が多い今日の世代に比較するならば、被告人が、前記の如く多額の納税義務を負担する程毎日の労働に努めたことは、それだけ国家に貢献したものと云わざるを得ない。

五、被告人は仲卸業者になるため許可申請をしたが、本件違反のため不許可となり、その打撃は業者として、刑の執行と同様の効果がある。

証人高橋達也の供述によれば、業界においては、町の魚屋を「売参人」と呼び、被告人は、現在登録をして保証金を入れて荷受けできる登録売参人であるが、荷受機関としては「仙台水産」と「仙都魚類」の二社だけが認められていて、この荷受機関と売参人との間に仲卸業者がある。

被告人は、この仲卸業者になるため許可申請したが、本件違反のため昨年七月五日不許可となった。これはこの道一本、今日迄約二六年間魚屋で生活してきた被告人としては、その精神的打撃は極めて大きい。

この打撃は刑の執行と同様の効果があったことは見逃せない。

六、再犯の危れはない。

被告人に対する昭和四七年一〇月一七日付質問てん末書によれば、被告人は昭和四六年九月四日、会社を設立し、従来の個人経営の営業を承継したが、これも、被告人が「給料を貰い経営のやりかたを改善していきたい」との心情に基くもので、被告人の反省が充分認められるだけでなく、証人鈴木政利の供述によれば、同人は、税理士であるが、右会社の監査役に就任して、今後は間違いなくやっていく旨誓い、「再び間違いを起す心配は全くない」と確信にみちた供述が認められるので、被告人にはもはや再犯の虞れはない。

七、被告人の性格、経歴

仙台水産株式会社特販部長高橋達也の証言によれば、被告人の父は、元教員をし、被告人は旧制一中卒業后進学を断念し、兄弟七人の長男として、魚の行商に従事、被告人のいう「身体一つの資本」で一家一〇人の生活を維持してきたもので、人柄については、業界の一〇〇人が一〇〇人とも全部感服している。

以上諸般の情状を考慮すれば、懲役刑と罰金刑を併科するを相当と認め、被告人に対し懲役四月及罰金二〇〇万円但し右懲役刑の執行を猶予する旨言渡した原判決は重きに失し、原判決破棄の上、被告人に対し罰金のみ処するのが、相当と思料する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例